味とデザイン・前編――トラヤカフェ 2色の餡と2匹の虎と
パッケージデザインに関わる方々に語っていただく「ぱっけーじん」。「パッケージデザイン功績賞2024」を受賞した葛西薫さんの記念講演「味とデザイン」(2024年6月17日開催、ナビゲーター:JPDA 福本佐登美理事)の概要を3回にわたりお届けします。
グラフィックデザイナーとして幾多の仕事に携わってきた葛西さんですが、パッケージデザインについては初めて本格的に取り組んだという菓子の老舗・虎屋の仕事を巡ってお話しいただいた内容を前編でご紹介します。
プロフィール
葛西 薫(かさい かおる)さん
1949年札幌生まれ。
1973年 (株) サン・アド入社。サントリー、ユナイテッドアローズ、虎屋などの広告制作およびアートディレクションのほか、CIサイン計画、パッケージデザイン、ブックデザインなど活動は多岐に渡ります。
こちらもご覧ください。
「パッケージデザイン功績賞2024」
出発点は六本木ヒルズ、トラヤカフェ1号店
葛西 虎屋の仕事は2007年からですからもう20年以上になります。
六本木ヒルズから虎屋に「今までとは違う新しい虎屋の店を出してほしい」と要請があり、和でも洋でもない新しいお菓子を提供する場として「トラヤカフェ」をつくることになり、お話をいただいたのがきっかけでした。
和菓子の世界と言えば、それこそ材料から細部に至るまでものすごく奥深いものがあります。しかも虎屋には五百年の歴史がある。これはすごく難しい仕事だと思いましたが、カタカナの「トラヤカフェ」であれば、自分のデザインが生きるかもしれないと思い、お引き受けすることにしました。
福本 出発点は「トラヤカフェ」だったわけですね。
葛西 そうです。六本木ヒルズの「トラヤカフェ」第一号店のマークとロゴがスタートで、最初に決めたのがテーマカラーです。とても単純な発想なのですが、白餡と黒餡の二色で展開しようと考えました。たとえば手提げ袋は白餡のイメージで、「トラヤカフェ」の文字は黒餡のイメージで焦げ茶色、というわけです。
福本 白餡と黒餡、他には何もいらない、というわけですね。
葛西 マークは正方形4個でできた「T」にしました。
ラベルを経て店名はブランド名へ
葛西 実は、この仕事まではいわゆるパッケージデザインというものをほとんどやったことがなかったんです。ですから、よくわからないままに見様見真似でデザインした、というのが正直なところで。
福本 そうだったんですか?それまではパッケージデザインをあまりされていなかったとはちょっと意外です…
葛西 最初につくったのは「あんペースト」と「フォンダン」のためのパッケージでした。
できるだけシンプルなパッケージがいいと思いながら細かな仕掛けを考えていきました。蓋を開けやすいように蓋に四角い切れ込みを作り、開けるとTマークが見えてくるものとか。楽しかったのは9つの白餡と黒餡を素材にした小さな正方形のパッケージです。
福本 あ!中身もTマークになっているんですね!
葛西 実は、お菓子をつくった虎屋と料理研究家の長尾さんが最初からマークのように並べて提案してくださったんです。そこで上箱にも同じ位置にTマークを配置して、箱とお菓子がひとつになったようなパッケージができました。ですから、このパッケージは 長尾さんのおかげでデザインができていったような感じですね。
福本 「あんペースト」のシンプルなラベルも印象的でした。
葛西 メイン商品の「あんペースト」は、白餡色のベースに黒餡色の文字だけのラベルにしようと考えました。すると、もともと店名だった「トラヤカフェ」が、ラベルにしてみると不思議とブランド名になってくれたんです。
白餡と黒餡という単純発想をずっと守っていくことで、結果的にブランドの表情というものができてくるのだと体感しました。
福本 お店自体がブランドになっていったわけですね。
仲條さんの2匹の虎、「ワオ」と「ガオ」
葛西 トラヤカフェはその後、青山一丁目店ができ、新宿店をつくりました。
福本 新宿の店と言えば印象的なのが虎の絵です。
葛西 仲條正義さんに描いていただきました。工房のようなイメージで壁面をタイルにして、そこに仲條さんに絵を描いていただきました。仲條さん自身もそうですが、ものすごく味がありますよね。
福本 新宿で生まれた虎だったんですね。
葛西 それにしても、あの絵には驚かされました。いくらデフォルメしてもある種の肉の流れとかが感じられるのは、虎の骨格などをちゃんと心得ていらっしゃるからなんでしょうね。その一生懸命さが仲條さんならではの力の抜け具合と合わさっていく感じを、この時初めて見たような気がしました。以後はこの虎がトラヤあんスタンドの象徴のようになっています。
福本 個性的でステキですねえ。
葛西 北青山の店にも仲條さんに描いていただいた二頭の虎がいますし、2階には仲條さんにお願いしてタペストリーもつくったんですよ。ちなみに、この虎の名前は「ワオ」と「ガオ」というんですよ。
福本 名前があるとは知りませんでした。。
葛西 ほとんど浸透していませんけど、左がガオで右がワオです(笑)。
店名もデザインも、少しずつ変化を遂げつつ
葛西 新宿店ができた時、「トラヤカフェ」から「トラヤカフェあんスタンド」に名前を変えました。外国から来た方が「虎屋菓寮」と混同しないようにするためでした。これをきっかけに心機一転しようと、「T」マークを餡子がとろみをもったような感じに変えました。
福本 角の取れた自然な雰囲気がかわいいですね。
葛西 このロゴの元は家で小さく手描きしたものなんです。それを皆が「いいじゃないか」と言ってくれて、大きく伸ばしてなぞってつくってできたかたちです。後付けになりますが、90度回転させるとカタカナの「ト」になります。「虎屋」の「ト」です。そう思うとあんがい良い気がしてきて、嬉しくなりました。
その後、「トラヤカフェあんスタンド」が浸透してきた頃合いを見計らって「トラヤあんスタンド」に変えて今に至ります。
近年はパッケージをより簡素化しようと、シールがシンボルになっています。
色も若々しくしたいとの要望から明るくしました。
福本 若い方に受け入れやすくしようと?
葛西 ええ。虎屋の社長も若々しい新社長になりましたしね。
若い人たちの動向もきちんと頭に入っている方ですし。
僕は若い人の気持ちはわからないので(笑)、「いろいろやってみます」と、サン・アドのメンバーと何案もつくって提案しました。
毎回、苦労はしていますが、なるべくそういう苦心が見えない姿になるといいなと思いながらやっています。
味とデザイン・中編――虎屋と、とらや工房 菓子と歴史と向きあいながら—へ続く