毎回、パッケージデザインにかかわる「ぱっけーじん」にご登場いただき、さまざまなテーマについて語っていただく特集企画。第5回は、サントリーデザインセンターの石浦弘幸さんが登場! パイプを加えた男性のイラストが印象的なBOSSのパッケージ。石浦さんは入社した年にBOSSのパッケージデザインを手掛けています。なぜ、当時新人だった石浦さんのデザイン案が採用されたのでしょうか。前編では、石浦さんが創作に目覚めた幼少時代や美大に進学した頃のエピソード、そしてBOSSをデザインした時の思いについてお聞きしました!

プロフィール

石浦 弘幸(いしうら・ひろゆき)さん

サントリーホールディングス株式会社
デザインセンター シニアデザインディレクター
金沢美術工芸大学客員教授
多摩美術大学非常勤講師

1968年富山県生まれ。家具職人の家に生まれ、幼少の頃から工作に親しむ。金沢美術工芸大学でデザインを学び、サントリーに入社後は「BOSS」を皮切りに、さまざまな商品デザインを担当。現在は美大の講師を務めるなど、社内外でも広く活躍。

サントリーホールディングス株式会社

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絵を描くことと工作が大好きだった石浦さんが、サントリーに入社した理由

―― まずは、石浦さんの人となりについてお聞きします。どんな幼少時代を送ってきましたか?

僕の親父は家具職人で、木端や切屑がそこら中に転がっているような環境で育ちました。端材のベニヤ板に絵を描いたり、木端を使って工作するのが大好きな子供でした。

―― スケッチブックではなく、ベニヤ板に絵を描いていたのですね。

小学校の卒業文集に「漫画家になりたい」と書くくらいに絵が好きでしたが、たいした目的もなくガリ勉して進学校に進んだ結果、一気に環境が変わりました。周囲は入学早々に大学受験モードで、その勢いに全くついて行けず、よく考えたら勉強があまり好きでないことに気づいてしまい……。

―― それは辛かったですね。

それはそれは辛い高校生活が続きました(笑)。でも高校2年の文理選択の時期、授業をサボって入った本屋さんで、たまたま美大の受験雑誌を見つけたんです。その瞬間、「文」でも「理」でもない「美」っていう選択肢があったんだ!と気づいて。そこから美大進学を目指したんです。

―― 心の奥底にある「絵を描きたい、作りたい」という気持ちが湧き出てきたのですね。

大学では商業デザインを専攻しました。広告デザイン業界が華やかな時代でしたが、木村勝さんや松永真さんなどの影響で、パッケージデザインに興味を持ちました。中でも、スーパーやコンビニに並ぶような「生活に密着した」商品のデザインに惹かれていました。

―― サントリーに入社した理由は?

学生時代に、「鉄骨飲料」という商品が発売されて、「すごくユニークな商品だな。どこの会社が作っているのだろう」と思ったのが、サントリーに興味をもった最初のきっかけです。当時、新卒採用に関する情報がなかったため、教授を通じてOBを訪ねたところ、その先輩がとても楽しそうだったので。膨大な作品を担ぎ、特急「雷鳥」に乗って大阪本社のデザイン部までプレゼンや面接に行ったのをよく覚えています。

入社1年目にBOSSのパッケージをデザイン。社内コンペを勝ち抜き、採用される!

―― 石浦さんがサントリーに入社したのは1991年。BOSSの発売は1992年ですよね。

BOSSの企画は、僕が入社する数年前からすでに立ち上がっていて、事業部、商品開発部、デザイン部、宣伝部など、各部署から集まった社員がコアメンバーとなって開発が進められていました(その時デザイン部から参加していたのが鉄骨飲料のパッケージを手がけた加藤芳夫さんで、のちに僕のリアルなボスになりました)。入社して1年目が終わる頃に、コンセプトネーミングが固まり、いよいよパッケージのデザインに取り掛かるというタイミングで、「ベテランから新人まで、デザイン部のメンバー全員でコンペをする」ことが告げられたんです。

―― キャリアに関係なく、部内メンバー全員に等しくチャンスが与えられたのですね。どのようにしてBOSSのデザインを考えたのですか?

当時、缶コーヒーは現場で作業をする人など「外で働く人々」の人気が高く、仕事の合間の休憩時間によく飲まれていました。そこから「働く男の相棒※」というコンセプトが生まれ、「BOSS」というブランド名が決まりました。だから僕は、働く人たちが実際飲む時に気持ちが投影できるようなデザインにしようと考えました。でも、「相棒」のイメージって、人それぞれ違いますよね。
※現在はターゲットの多様化に伴い「働く人の相棒」としている。

―― 確かに。誰もがイメージする「相棒」をカタチにするのは難しいような気がします。

そうなんです。そこで、普遍的な存在でありながら、飲む人それぞれの想像の余地を残すようなデザインを目指しました。まずは理想のボス像として男性のイラストを描き、こだわりを象徴するアイテムとして「パイプ」を加え、ハイトーンタッチでアイコン化しました。パッケージ全体のデザインも、コーヒーらしさや嗜好性を表現するための常套手段である、豆や液体や装飾的要素を一切排除し、敢えてツートーンでシンプルに仕上げました。100年前から続くロングセラーのような定番感と、新製品としての斬新さを同時に表現しようとしたんです。

―― シンプルでわかりやすく、消費者に強い印象を残すステキなデザインだと思いました。

石浦 ありがとうございます。BOSSはみんなの理想の相棒だから、厳しさとやさしさを兼ね備えているような表情を目指したんですよ。缶コーヒーの中味も、コーヒーだけでなくミルク・砂糖が入っていて、苦味だけでなく甘さもありますからね。

―― その後、社内コンペで石浦さんのデザイン案が採用されたのですね。BOSSが発売された頃のことを覚えていますか?

もちろん。毎日、仕事の帰りコンビニやスーパーに寄って、棚に並んでいるBOSSを確かめていました。商品の向きがバラバラなので、そのたびに缶を正面に揃えていましたね(笑)。

―― 自ら描いたデザインが社内コンペで選ばれ、華やかなデビューを遂げた石浦さん。その数年後、ある経験を通じて、デザインに対する考え方が大きく覆されることとなります。中編では、サントリーの開発体制や、石浦さんのデザイン観が変わったエピソードについて紹介します!


1992年9月、BOSSスーパーブレンド販売

ウイスキーやビールなど、酒類事業を中心に展開していたサントリーが、飲料事業に力を入れるようになったのが、1990年代のこと。数年にわたる開発を経て、1992年9月、初代BOSS<スーパーブレンド>が販売されました。あれから32年、ここまで長く続くブランドになるとは、誰も想像していませんでした。