毎回、パッケージデザインにかかわる「ぱっけーじん」にご登場いただき、さまざまなテーマについて語っていただく特集企画。第5回は、サントリーデザインセンターの石浦弘幸さんにインタビュー! 社内コンペで石浦さんのデザイン案が見事選ばれ、発売後は店頭に並ぶBOSS缶を毎日のようにチェックしていたという石浦さん。そんな石浦さんですが、入社数年目にして、デザイン観が大きく覆されます。果たして、どのような出来事があったのでしょうか!?

プロフィール

石浦 弘幸(いしうら・ひろゆき)さん

サントリーホールディングス株式会社
デザインセンター シニアデザインディレクター
金沢美術工芸大学客員教授
多摩美術大学非常勤講師

1968年富山県生まれ。家具職人の家に生まれ、幼少の頃から工作に親しむ。金沢美術工芸大学でデザインを学び、サントリーに入社後は「BOSS」を皮切りに、さまざまな商品デザインを担当。現在は美大の講師を務めるなど、社内外でも広く活躍。

サントリーホールディングス株式会社

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BOSS以前とBOSS以降で、サントリーの商品開発体制が大きく変わった!

実は「BOSS以前」と「BOSS以降」で、社内の開発体制が大きく変わっています。以前は、部署ごとに役割分担がはっきりしていて、デザイン部のデザイナーはパッケージデザインのみに注力していました。それがBOSSの開発では、マーケティング、中味開発、宣伝、デザインなどの各部署のコアメンバーがひとつのチームになって、全てのフェーズに関わったんです。中味の試作品を試飲するときも、ネーミングを考えるときも、デザイン案を検討するときも、チームメンバー全員で考え、一丸となってプレゼンに臨みました。BOSSが成功したことで、このスタイルがその後のサントリーの商品開発体制として定着していったんです。

―― BOSSがサントリーの新しい商品開発体制を作り上げたなんて、すごいですね!

最初は清涼飲料部門から、その後、ビールやチューハイなどお酒の開発部門にも、全社的にこのやり方が派生していきました。

―― なるほど。石浦さんは、32年間ずっとBOSSの開発に携わってきたのですか。

発売後10年ほどの間は、当時の上司でディレクターの加藤芳夫さんと共に、デザイナーとして全ての商品に携わっていました。2003年あたりから、ブランドの成長とともに商品のラインナップが増えていく課程で、後輩デザイナーが徐々にチームに加わり、ディレクターとして開発に携わるようになりました。2010年頃からはブランド全体を統括するクリエイティブディレクターとして、そして現在は、その立場を後進に引き継ぎ、再び「現場」で開発に取り組んでいます。デザインディレクションを通じて若手を育成したり、時には自らデザイナーとして手を動かすこともあります。

―― BOSSブランドの誕生から現在までの道のりを、一貫して見つめ、支えてきたのですね。

もちろん、さまざまなブランドを並行して担当しているので、BOSSだけに注力してきたわけではありませんが、確かにその通りかもしれません。インハウスデザイナーの大きな強みは、一つひとつのプロジェクトを「点」としてではなく、失敗も成功も含めて一本の「線」としてとらえ、ブランドに関わることができることだと思います。
そのスタート地点で、新人の僕が社内コンペに参加できたこと自体、とてもラッキーなことでしたが、それは、サントリーに根付いている文化が影響しているように思います。

―― サントリーに根付いている文化とは?

サントリーには、創業者、鳥井信治郎の言葉「やってみなはれ」に象徴される、チャレンジを応援する風土があるんです。僕はこの言葉の裏には、「みとくんなはれ」という、挑戦する立場としての覚悟を感じます。当時僕は「缶コーヒーの世界を変える缶コーヒーをつくるんだ」と野望を抱きました。その覚悟を仲間と一緒に共有し、一つひとつ失敗や成功を重ねていく。そんな人間中心・人間謳歌の文化が、サントリーらしさだと思っています。

コンセプトを守りつつ、デザインの幅を拡げることで、BOSSの可能性を引き出す

―― 1本の缶コーヒーからスタートしたBOSSは、今ではペットボトルなどさまざまな形態でさまざまな飲料を発売するようになりました。これまでを振り返って印象に残っている時期はありますか?

1996年に発売した、2品目の大型商品「BOSSプラスワン」をデザインした時のことが強く印象に残っています。初代のBOSSがすごく売れたこともあって、さらにユーザーを拡げて売上の拡大を狙おうということになったんです。当初、「デザインは初代BOSSを踏襲して、大きな変更はしないほうがいいだろう」という考えで、色バリエーションの検討ばかりしていましたが、「ターゲットを拡げるのであれば、新たなユーザーに向けた新たなBOSSをつくるべきだ」ということになり、何度も話し合ううちにチームの気持ちが一つになって、「思い切ってデザインをガラッと変えよう」ということになったんです。

―― 白熱の議論を交わされたのですね。

デザイン上のブランドのアイデンティティを厳格に守っていくのであれば、冒険はしないほうがいいでしょう。でもこれからは、いろいろなユーザーに向けて、新しいBOSSを提供していくんだ。そんな気持ちもあって、「一つのデザインにこだわらなくてもいいんだ。いろんなBOSSがあってもいいんだ」と気づくことができたんです。デザイナーの僕にとって「一皮むけた」重要な経験でしたね。

―― BOSSが長く愛され続けるブランドに育った理由が見えてきたような気がします。

もちろん、デザインの幅を拡げても、コンセプトのコアの部分は決して変わりません。「一生懸命頑張っている人たちを応援する相棒でありたい」という思いが、常に根底にあるからです。だからBOSSのデザインは進化しながらも、ブレないでいられる。これは、僕がパッケージデザインをするうえで一番大切にしていることです。初代のBOSSは強いロゴとシンプルなパッケージに特徴があって、コンセプトにある「相棒」を象徴的に表現した、ある意味完成形のデザインです。しかし、初期のデザインを頑なに守り続けることに固執していたら、ここまで長く愛されるブランドにはなっていなかったかもしれません。

―― BOSSのラインナップは幅広いので、毎回、店頭でいろいろなBOSSを見ながら「どれにしよう」とワクワクしながら選んでいます。

時代とともに働き方は変わり、ユーザーと相棒の距離感も変わってきました。発売10年目のリニューアルでは、親しみを強化するために「ボスが動く」というチャレンジをしました。ペットボトルの「クラフトボス」は、オフィスでパソコン作業をしながら気軽にBOSSを飲んでもらおう」という考えから生まれました。ユーザーが働き方や相棒の存在をどのように解釈するかで、BOSSの飲み方も変わってくる。だから、BOSSは常に「進化の連続」なんです。

―― BOSSの開発を機にサントリーの商品開発体制が変わったことや、コンセプトを守りながらもデザインの幅を拡げてきたことなど、興味深いエピソードをたくさん聞かせてくれた石浦さん。そんな石浦さんは今、美大で講師を務めるなど、さらに活躍の幅を拡げています。後編では、石浦さんのパッケージデザインに対する思いや、未来のデザイナーに向けたメッセージをご紹介します!


1996年、9月。BOSSプラスワン販売

初代BOSSが発売されて4年目、さらなるユーザー拡大を目指し、BOSSの新アイテムを開発。開発チームで議論を重ねた結果、カラーリングは踏襲しつつ、デザインを大幅に変更し、「BOSSプラスワン」として販売しました。それまで、「BOSSのデザインを守らなきゃいけない」と思っていた僕は、この開発を機に「コンセプトが普遍であれば、デザインは大胆にジャンプできる」「いろんなBOSSがあっていいんだ」と気づき、まるで霧が晴れたような気持ちになりました。