「めぶく。」というビジョンを掲げ、官民一体となって街の再興を進める群馬県前橋市。2020年12月、中心市街地に生まれたアートデスティネーションホテル「白井屋ホテル」がその動きを加速させました。建築家、藤本壮介さんが設計した新旧二つの建物の内外にはレアンドロ・エルリッヒやローレンス・ウィナーをはじめ、国内外のアーティストの作品が点在します。いまや、前橋のランドマークとなった白井屋ホテルのロゴやパッケージについて、代表の矢村功さんに話を聞きました。

プロフィール

矢村功(やむら・こう)

1977年、大阪府生まれ。
大阪大学大学院応用物理学科卒業。
広告やマーケティングの仕事を経て、2020年12月、「白井屋ホテル」(群馬県前橋市)代表となる。


©️Shinya Kigure

白井屋ホテル

2020年12月に創業。「インターナショナル・トラベル・アワード(ITA)」の「ザ・ベスト・ニュー・ホテル・イン・ジャパン2021」や英国の旅行雑誌「ナショナル・ジオグラフィック・トラベラー(NGT)」2021年ホテル賞を受賞。どちらも日本では唯一。

群馬県前橋市本町2-2-15
tel 027-231-4618
https://www.shiroiya.com


マーケティングの世界からホテル経営へ

―― 矢村社長は以前、広告やマーケティングの仕事をされていたそうですね。

大学を卒業して20年間、広告代理店や企業のマーケティング部門で働き、自身でマーケティングの会社を経営していた時期もありました。 今回、ご縁があって、白井屋ホテルの代表を務めることになったのですが、会社経営をすごくやりたいというタイプの人間ではなくて、面白いマーケティング課題を解きたいという思考でこの世界に飛び込みました。

―― どのあたりが面白いと?

前橋という観光地でも何でもない土地に、アートに特化した奇想天外なホテルを作り、それによってお客様を呼び込もうという点です。外部のコンサルタントやマーケティング担当者としてその課題を解くという方法もありましたが、会社経営という立場で課題解決するというチャレンジが一番面白そうだなと考えました。

―― 仕事としてクライアント向けにデザインを提供するのと、自身の会社のデザインを作るのでは、気持ち的に違いますか?

全く一緒ですね。大切にすることは、戦略的に正しいかどうかだと思っています。自分の好みや趣味趣向は一切抜きにして…。

様々な点が交わるグリッドをコンセプトに

―― まず、白井屋ホテルのロゴについて教えてください。

黒地に白井屋の井の字を描いています。“ホワイトグリッド”をコンセプトに、都内のデザイン会社「ナニラニ」代表の村瀬隆明さんと話し合い、開発してもらいました。グリッドとは格子や方眼紙のようなものです。


©️Shinya Kigure

―― なぜホワイトグリッドなのでしょう?

グリッドには交点があります。白井屋ホテルはいろいろな異なるものが交わる交点になりたいと思ったのです。

例えば、すごくローカルな部分とすごくグローバルな部分、絹産業で栄えた昔の前橋と、民と官が一緒になって作っているいまの前橋。それぞれを大切にし、つなげていく存在になればと考えました。

―― シンプルでかっこいい仕上がりですね。

ホテルは創業300年の老舗旅館「白井屋」をリノベーションしています。床を抜き、4階までの吹き抜けの空間は、まさにグリッドが剥き出しになったような太い柱梁が印象的です。そういう意味でも、白井屋の感じがよく表れているロゴだと自負しています。


©️Shinya Kigure


©️Shinya Kigure

ユニバーサルプラス部門の個性

―― 続いてパッケージですが、いろいろなクリエイターが担当しています。一人に託すのではなく…。なぜでしょう。

白井屋ホテルは地元の方も利用されますし、海外からここを目当てにお出でになる方もいます。ターゲットも違うし、みなさん、求めるものも違います。

ホテルによってはすごくはっきりした個性や、画一的な世界感で作るブランドを大切にされるところもありますが、白井屋に関しては、完全なコンシステンシー(一貫性、整合性)は、逆に妨げになると考えています。

先ほど紹介したメインのロゴはどこに置いても邪魔にならないユニバーサルなデザイン。ただその世界観で全部統一してしまうと、面白みに欠けたり、ストイック過ぎたりするので、ローカルのお客様や若い世代には物足りないかもしれません。そのため、そこはまた別のデザイナーにお願いする。でもゆるく全部が統合されているというようなバランスを意識しています。

――2021年2月にオープンした白井屋ザ・パティスリーのパッケージはどなたのデザインですか?

岩井朋美さんというフリーのアートディレクターに依頼し、「女性たちが思わず“かわいい”と言ってしまうようなデザインで」とお願いしました。同時に、白井屋ホテルの世界観の延長線上にあるように見せたいという話し合いもしました。

そこで生まれたのがこの2つのロゴ。The Pと略した文字を手書きの二重丸で囲ったものと、Patisserieの文字を細い線で手書きしたものです。

―― パッケージのイラストも素敵です。

のびやかで女性らしさのあるイラストを入れようと、岩井さんが絵描きのLEE IZUMIDAさんに依頼してくれました。LEEさんは手触り感やテクスチュアを大切にし、手作業で一つひとつ丁寧に仕上げていく職人気質の方。カカオやフルーツなどをウェットな感じで描いてくれて、上品なかわいらしさが生まれたと思います。

さらに、パッケージの横面には白井屋が大事にしているエレメントであるグリッドの線を入れました。それもシャープになりすぎないよう、手書きで線を引いてもらいました。